50歳を前に企画している『戴冠式』(10月23日金曜と10月24日土曜開催)について語ります。
LINEオープンチャットことし、わたしは50歳になります。 (気持ちはまだ25歳くらいなんですけれどね。) 舞台『やむにやまれぬ蒼』で演じた西郷隆盛は激動の生涯を49歳で閉じましたが、正確には49年8か月と1日。日数にすると18、142日。 わたしが西郷さんと同じ日数を生きたとしたら、その日は2026年8月8日。2ヶ月の瞑想合宿の真っ只中。チェンマイでその日を迎えます。 この3年の間にいろいろな出会いと別れがありました。『やむにやまれぬ蒼』の舞台に出会い、仕事を辞め、家を手放し、祖父の薩摩琵琶とも別れる決意をし、チェンマイでの瞑想の日々を通して、わたしは「わたし」に再会し、ほんとうの「わたし」の人生を生き始めようとしているようです。 ⸻ まるでこれまでの人生を一度締めくくるかのように、ひとつ、またひとつと、握りしめていたものを手放してきました。 そして、西郷さんが歩むことのできなかった”明日”へ。その一歩を、わたしも歩き始めようとしているのかもしれません。 ⸻ 『戴冠式』のはなし ひとりで舞台に…そんな話が舞い込んだのは2026年6月18日。売却が決まったばかりの自宅で、49年間生きてきて初めて開いた、小さなお茶会でのことでした。 その席にお招きしたのは、金澤萌恵さん。舞台『やむにやまれぬ蒼』の企画原案・演出を務め、ノンバーバルコミュニケーション・ワークショップの創設者である萌恵さんとは、3年間同じ作品に関わりながらも、言葉を交わすことはほとんどありませんでした。 そんな萌恵ちゃんと、プライベートで一体なんのお話をしたらいいのかしらとドギマギしながら開いたお茶会の席で、萌恵ちゃんがさらりと口にしたのです。 「かずよしさぁ、瞑想なんか行かないでさぁ、ひとりで舞台に立ちなよ。」 『やむにやまれぬ蒼』の種が芽吹いたのは、萌恵ちゃんが映画館で映画を観ていたとき、スクリーンから侍たちが飛び出してくる光景を目の当たりにした瞬間だったそうです。その舞台はわたしを含め、多くの人に多大な影響を与えることとなりました。 そして今度は…そして今度は──。 お茶会のティーポットから、頭に冠を載せたばばっちが飛び出してきたのを萌恵ちゃんが見たのかどうかは定かではありません。 氣づけば『戴冠式』の開催に向けて着々と準備をすすめている自分がいました…
新しく開設されたルーム。単日最大の伸びは 2026年7月21日 の +10 人。
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